徳川幕府編

ペリーが浦賀に来航

ペリー提督 「泰平のねむりをさますじょうきせん

          たった四はいで夜も寝られず」


全てはここから始まった。

この次期に眠れなくなったどころか永眠してしまった人物がいます。

平民ではなく徳川家第12代将軍徳川家慶でした。

「こんど来る時は覚悟をしておけ。」とペリーが捨てゼリフを吐いて日本を去った10日後に家慶は倒れ、その3日後に急死しました。

権力者の急死による混乱が起こるはずだが、後継者争いもなく徳川家定が第13代将軍に就きました。

何故後継者争いが無かったのかといえば、23人いた兄弟はほとんど幼児期に亡くなり家定が唯一生き残っていたからでした。

23人の子供といえばかなりの人数になりますが、この家慶の父の11代将軍徳川家斉は55人の子供をもうけたらしいから、凄いとしか言いようがありません。

新たに13代将軍に就いた徳川家定を旗印に幕政をどう舵取りするかが、幕閣たちに課せられた試練の始まりでした。

このペリー来航を機に維新への幕が切って落とされたことは間違いないでしょう。



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